大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(う)2603号 判決

被告人 広瀬一男

〔抄 録〕

右被告人及び弁護人の控訴の趣意は、原審の事実誤認を主張するものである。よつて、記録を調査すると、原判決は、海野秀一作成の盗難被害届及び盗難被害追加届と被告人の原審公判廷における「本件カメラと時計を本年(昭和三十二年)三月二十七日午後九時頃足立区小台町の百万ドルというパチンコ店で石井という者から買い受けた旨」の供述と原審証人岩佐栄次郎の供述とを綜合して、結局被告人が本件盗難にかかる被害物件を盗難のあつた日の近接した時間に、近接した場所で所持していたことと、被告人が石井という者から買い受けたという弁解を信ずるに足る証拠がなかつたということで、被告人が原判示の日頃判示の場所で海野秀一所有のカメラ一台及び腕時計一個を窃取した事実を認定していることは所論のとおりである。しこうして、本件盗難のあつた日時は、前記被害届によると、昭和三十二年三月二十七日午後六時頃から翌二十八日の午前八時ごろまでの間であつて、被告人が本件カメラ及び時計を所持した日時は同月二十七日午後九時頃であり、その場所は被害者と同町内の百万ドルというパチンコ店であるというのであるから、原判示のごとく、被告人が本件被害物件をその被害発生と近接した日時、場所において手にしていたことが窺われるのである。しかしながら、右は被害発生の直後、被害者方の門前など程近き場所で所持していた場合とは異なり、被害物件をその被害発生と比較的近接した日時、場所において所持していたというに過ぎず、これをもつて直ちに、被告人が窃取したものであるとなすことはできないのであつて、かかる場合には或はこれを他人から買い受け、若しくは貰い受ける場合などもあり得るのであつて、真実被告人が窃取したとなすには、右所持の事実の外なお被告人が窃取したものと認むべき状況証拠の存することを要するものといわなければならない。この点につき、原判決は被告人がカメラと時計を石井という者から買い受けたとの弁解を信ずるに足る証拠がなかつた事実を掲げているのであるが、右は所論のごとく、被告人の弁明が信用できないとするのみで、前記所持の事実の外に、窃盗の事実を認むべき状況証拠としてはなお不十分といわなければならない。なお、前記証人岩佐栄次郎の供述を検討すると、被告人は当初逮捕に当つて逃げかくれており、逮捕後取調に当つては、初めは田島応用化工株式会社の塀の下にいると、飛び下りて来た者がいて、その者からカメラと時計とを貰い受けたといい、次に右は虚構であつて、真実は三月二十七日夜石井という者から二千五百円で買い受けたものであると述べ、その妻敏子には当時友人に二万円貸した金のかたに持つて来たものであるといつており、なお右石井という者について所在を捜査したけれども不明であつたというのであるから、一応被告人の弁解はこれを信用し難いようであるが被告人が当初逮捕に当り逃げかくれていたことは、被告人のいうように、被害品を買い受けた時からその盗品であることを知つていたとすれば、逃げかくれたとしてもむしろ自然の情というべきであり、被告人が本件カメラを入手した点につきその妻に語るところと原審並びに当審において供述するところと相違したとしても、これをもつて直ちに被告人が本件カメラなどを窃取したものと認定することはできないし、また石井という者の所在捜査はすでに犯行後約六カ月を経た後のことであるからその不成功に終つたことは直ちに、右石井なる者が虚構の人物であるとなすことはできないのである。なお記録を調査すると、被告人は本件盗難事件発生当時、自動車運転者として三橋運輸という会社に勤務し田島化工株式会社の工場倉庫にも数回出入したことがあり、本件被害者である海野秀一方は右工場倉庫の裏手にあり、同一構内に在る関係上被告人も右海野方を知つていたことは、被告人に取つて不利な状況ではあるが、海野秀一提出の答申書によれば当時同工場倉庫には三橋運輸の運転手やその他二、三の運送会社の者及び安定所の人夫などが時折出入し、右海野方自宅の側にも来ていたというのであるから、被告人が右工場倉庫に数回出入していた事もまた、被告人の本件窃盗の事実を認むべき状況証拠としては不十分といわなければならない。なおまた、当審における証拠調の結果によれば、本件被害発生当時、被告人には本件のごとき窃盗事犯を敢行すべき必要は必ずしも存しなかつたことが窺われるのであつて、これを要するに、本件については、原判示のごとく、被告人に本件窃盗の事実を認めるには、なお審理を尽す要があるものといわなければならない。ひつきよう、原判決は事実を誤認したか、若しくは審理不尽の違法があるものというべく、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

(坂井 山本長 荒川)

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